【政治】菅内閣に期待したいこと

日記

こんにちは。ナースりんご@nsringogo55です。

令和2年9月16日に菅内閣が発足しました。

安倍内閣の継承を掲げていた菅総理。

菅総理のプロフィール

秋田のイチゴ農家出身で、高校卒業後、段ボール工場に就職しました。

「それで高校に就職先を紹介してもらい、工場のようなところに就職しました。そこで初めて現実の厳しさを味わった。田舎から上京してきた人たちとしか会わないわけですよ。そこでいろいろな話をした。私は高校を卒業してきたのですが、中学を卒業して出てきた人がいました。彼らからいろんなことを聞いていて『このままで一生終わるのは嫌だな』と思うようになったんです。そこでもう一回人生をやり直してみようかなと、大学に入ろうと思いました」

(「官房長官 側近の政治学」朝日新聞出版より)

その後、法政大学法学部を卒業。

電気通信設備会社に就職して、一度はサラリーマンになるが、まもなく政治の道を志します。

「そこでなんとなく、世の中を動かしているのは政治じゃないかなと思い始めるんです。ただ、政治家になろうとは思わなかったけど、政治の世界に身を置いてみたいという気持ちがあった。かといって、政治の世界では、誰も知らない。そこで法政大の就職課に行って、先輩の政治家を紹介してくださいと頼みました。すぐ近くにOB会の事務局があって、その事務局長を紹介してもらいました。その人が、法政の先輩で自民党の政治家だった中村梅吉さんの秘書と知り合いだった。その秘書を紹介されて、田舎者で、何もわからないけれども、初めて政治の道につながりを持つことができたのです」

(「官房長官 側近の政治学」より)

せ政治家の秘書として11年下済み。秋田に帰る事も考えたという。

「三十歳前後のとき、事務所を辞めて秋田へ帰る、と切り出したのです。そしたら、小此木さんが唐突に『野呂田芳成(元農水大臣)さんの参議院選挙の応援で秋田に行くから、お前もついてこい』と言って、連れていかれた。で、秋田に着いたら、お前のうちに行くって言い出した。そうして両親に会い、『もう少し鍛えさせてもらえませんか』と頭を下げるではありませんか。とうぜん両親は『お願いします』と答えるほかない」

(「総理の影 菅義偉の正体」より)

こうして菅氏は、政治の道を続け、1987年に横浜市議に出馬して当選。

1996年には小選挙区制度が導入されたばかりの衆院選で、神奈川区2区で初当選。

このとき47歳と遅咲きの政界デビューであった。

2012年12月26日に就任して以来、官房長官に就任して以来、1度も横浜市の自宅に泊まったことはないという。

菅さんの一日

5:00 起床、ニュースや新聞に目を通す。

6:40 毎朝40分の散歩が習慣。この散歩が唯一のリフレッシュで、健康管理はもちろん、頭のリフレッシュして物事を整理する時間だという。

7:30 ホテルで朝食。情報集を兼ねて与野党の政治家、財界人、学者、官僚などと取る。

9:00 官邸

10:40 午前の記者会見に向けた打ち合わせ

11:00 午前の記者会見

12:00 昼食。ほとんど「そば」5分で食べ終わる。

15:40 午後の記者会見へ向けた打ち合わせ

16:00 記者会見

19:00 有識者や政界関係者などと夕食

23:00 就寝

毎回、記者会見で見せる冷静で淡々とした印象の菅さんですが、今までは影の力持ちという感じでしたが、これからは元安倍総理に変わって、総理大臣として、国民にとって安全安心な政治をしていってほしいです。

今まで知らなかった菅さんの過去を今回、改めて知ったのですが、田舎から出てきて、自分で感じたり、考えたり、悩んだりしながら、人生を切り開いてきたところに好感が持てましたし、親近感も覚えました。元から政治家系というわけでもなくて、とても一般的な国民に近い感覚をお持ちなんじゃないかと親近感と期待が持てます。

今掲げている政策の一部も

携帯電話の値下げ

不妊治療の保険適応

と、国民に直接、感じられる政策ではないでしょうか。

コロナ禍、経済的不安、米中摩擦など問題は山積ですが、日本国民のために頑張ってほしいです。

そんな政治なら、もう少し国民も興味を持てるんじゃないのかな…って思います。

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